
焼津市は静岡県中部に位置する志太平野にあり、藤枝市と隣接しています。この志太平野は数万年前まで大部分が海だったようで、2500万年前の新生代新第三紀中新統ころから、糸魚川~静岡構造線と呼ばれる断層に沿って海底でアルカリ岩礁が噴出し、直後に急冷したため、大崩海岸に見られる溶岩は枕状構造になっています。
これらの岩石は約500万年前に海底から隆起しはじめ、竜爪山(りゅうそうざん)や真富士山(まふじやま)といった山脈を形成するとともに、その延長線上に高草山が続いていると考えられています。
旧石器時代の中ごろにあたる約2万年前には、ウルム亜氷期Ⅱの寒冷期が訪れ、海面は今よりも約120mも低くなり、大井川や瀬戸川も深い谷底を作りました。この時代にナウマンゾウのような大型の動物が絶滅し、狩猟対象の動物が変化していきます。それに伴い、黒曜石を使った小型の武器が広まっていきました。
そして約6000年前になると寒冷期が終わって、ほぼ現在と同じ高さまで海面が上昇しました。このことは、縄文前期頃に海水は藤枝や岡部、焼津にある小山や谷を飲み込んで山の麓まで達したことから縄文海進(じょうもんかいしん)と呼ばれています。
「焼津市史 図説・年表 P9」
同時に、1万年前頃から大井川から運ばれた砂れきによって造られた砂嘴(さし)と、虚空蔵山のふもとに位置する浜当目のあたりに造られた砂嘴が古志太湾と呼ばれる大きな内湾を形成しました。そこに、瀬戸川や朝比奈川から運ばれてきた粘土が流れ込み徐々に平野部になっていきました。その過程は長期間に及んだことから湿原地帯だった時代が長く、大量に群生していた草木は沖積土層に埋もれていった結果、焼津市の中里や石脇ではメタンガスが発生しているのです。









