帰港する船に鮮やかな旗がはためく。「たいりょうき」や「たいりょうばた」と呼ばれる旗だ。通信設備がなかった時代、大漁の際に船に掲げ、港で待つ家族や仲間たちに成果を知らせた。「船が着いたら、忙しくなるぞ」と事前に知らせたのだ。大漁旗は江戸時代にはすでに使われていたという。
大漁旗は漁師が新造船した際に関係者たちが贈るのが一般的。そのデザインや制作を担うのが、地元の染物店だ。派手な印象を受ける大漁旗だが、登場する要素は至ってシンプルで海や魚の絵、大漁を表す文字、船主や贈り主の名が記される程度。遠くからでもはっきり見えるよう、太くたくましい文字で染め抜かれているのが特徴だ。
大正11(1922)年創業の高橋染物店では、これまで数多くの大漁旗を制作してきた。「今では船に贈るだけではなく、結婚祝いや誕生祝い、節句などに贈られる方も増えていますね」と、店を守る高橋きくよさんは言う。老舗と漁師たちに多くの言葉は必要ない。だいたいのイメージを伝えるだけで、吉兆を呼ぶ伝統的な図案を描き起こしてくれる。「富士山、波、魚。やっぱり縁起のいいものが好まれますね」。納期は発注から20日ほど。
通信手段が発達した今でも漁師たちは大漁旗を掲げる。たくさんの魚を獲ったぞと漁師たちは胸を張って燒津に入港する。大漁旗は命がけで魚を獲る漁師たちのプライドそのものだ。
高橋染物店
焼津市小川新町1-12-10